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暁の街角で、私は深く悶えながら、昨日の失敗を償う方法を考えていた。 あの茶番のような会議で、私は言いなりになってしまい、プロジェクトの進行を損なう結果になったのだ。面映ゆい思いで咎められる自分を想像し、心がざわつく。
チームの統べるリーダーは、度し難いほど厳格で、怠ることなど許されない。彼の言動に憚りながらも、私は自分の理を弁え、余計な口出しは避けることにした。
しかし、顛末は想像以上に甚だしいものになった。新人の一人が滑るミスをして、皆が取りこぼす情報を抱え込み、しがらみに縛られて混乱している。ちょっとやそっとの努力では、どうあれ問題は解決しそうにない。
それでも、私はいざ行動を起こすことにした。鷲掴みのアイデアを提案し、企てた作戦で、敵の策略を叩きのめすつもりだ。仲間は最初は戸惑ったが、持ちきりの議論で理解し、尚のこと協力を惜しまない態度を見せた。
会議後、皆で庭に出て戯れながら、嫁ぐことになった後輩の話を聞き、彼女の新しい生活を愛でる時間を持った。こうして何もかも忘れて楽しむことで、心の煩わしい思いも少し和らぐ。
とはいえ、まだ感づくべき兆しは多く、余計な不始末を間引く必要がある。揃いも揃って、誰もがツギハギの情報に振り回され、地が出る場面もある。だが、皆がもてはやす成功よりも、失敗から学ぶことのほうが尚のこと重要だと感じた。
最後に、上司に奉る報告書を書きながら、しくじることなく、取りこぼすデータがないか確認する。とっちめるべき問題も整理し、私の企ては少しずつ形になっていく。間違いも甚だしいことはあったが、こうして少しずつ修正しながら、私は成長していくのだと自覚する。
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夜会の片隅で、人好しの青年は少し無粋な振る舞いをして、皆の誼を損なうことを仕出かしてしまった。最期の場面で、彼は駆り出される形となり、蔑むような視線を受けながら、面識の薄い先輩たちに卑しめられた。
しかし、彼は則るべきルールを思い出し、心を落ち着ける。夜会の騒がしい渦の中で、増長する者や燥ぐ者もいたが、変わり果てる様子に驚きながら、周囲を躾ける必要性を感じた。欺く者や反則を犯す者に対しても、思い上がる心を戒め、かたきに当たるべきかどうかを考える。
友人たちは惜しむ時間もなく、欠片の情報を頼りに行動する。青年は跪く場面もあったが、攫うように得た経験で減らず口をたたき、敵う相手には卑屈にならず四の五の言わずに立ち向かう。汚物のように扱われることもあったが、労る気持ちを忘れず、渦の中心で自分の脆い心と向き合った。
発足した新しい組織では、潤いある人間関係を大切にし、老朽化した規則も潔く改めるべきと知る。偏狭な考えを避け、腕前をメキメキと上げ、頑なに突っ走る者たちにも、集う仲間の傍らで支えることを学んだ。
物語の細切れのような日々の中、恐れ入ることもあったが、眼差しや目つきで互いの意図を読み取り、ジャンルを問わず行動する。あからさまに不満を示す者もいたが、ともあれ、青年は成長し、周囲との関係に潤いをもたらす存在となった。
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山あいにあるその町は、雄大な山々に囲まれ、古い街並みがくっきりと朝日に浮かび上がる、閑静な場所だった。私はそこで、老舗旅館を立て直すプロジェクトに参加することになった。
その旅館は昔こそ繁盛していたが、近年は客足がめっきり減り、経営者もすっかり挫ける寸前だった。しかし、従業員たちは人並みに暮らしたいという願いを抱きながらも、しぶとい生命力で日々もがいていた。
最初に私が見たのは、ツギハギだらけの帳簿と、断片的な顧客データだった。予約情報の中には、他の資料に紛れるようにして重要な数字が潜んでいた。さらに古い倉庫を調べるため、私は床下に潜ることになったが、そこには過去の不正な手口を示す書類まで押し込まれていた。
その顛末を見定めるには、かなりの才覚が必要だった。私は簡便な方法でデータを整理し、起きている事象を一つずつ確認した。だが、経営者は都合の悪い話になると惚ける素振りを見せ、責任を打ち消すような発言ばかりした。
「昔のことだから、多少のミスは許容してくれ」と彼は言った。しかし、その言葉には従業員を取り残す冷たさがあった。私は彼に、問題を紛らすだけでは何も変わらないと投げかけた。
一方で、若い女将はまったく違っていた。彼女は客への手厚いもてなしを大切にし、料理人と意見を交えることも怠けることなく続けていた。地元の市場から新鮮な食材を仕入れる姿は真剣そのもので、その眼差しには人をそそる魅力があった。
正直、私は彼女のひたむきさに少し惚れるところがあった。けれど仕事中にそんな気持ちがばれるのは避けたかったので、わざと惚けるように振る舞った。それでも彼女とは少しずつ打ち解けることができ、ある夜、彼女は旅館を守りたいという本音を打ち明ける。
「この場所を、もう一度、私たちの手で作り上げたいんです」
その言葉を聞いた瞬間、私は胸がすっきりした。今までややこしい数字ばかり見ていてもどかしい思いをしていたが、進むべき方向がようやく見えた気がした。
翌日から、旅館は打って変わるように動き出した。従業員たちはしきりに意見を出し合い、古い慣習に押し通されていた無駄を削ぐことにした。同時に、従業員の生活を守るため、賃上げについても厳かに話し合いが行われた。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。古い経営者は自分のやり方を押し通そうとし、改革案を机の奥に押し込むことさえあった。だが、その手口はすぐにばれる。彼は慌てて言い訳をしたが、周囲はもう彼の言葉に惑わされなかった。
やがて旅館は少しずつ立ち直る。余計な装飾を削ぎ、料理と温泉、そして人の温かさを前面に出したことで、客の評判も戻ってきた。雄大な山を望む露天風呂、閑静な部屋、くっきりと記憶に残る手厚い接客――それらが一つになり、新しい旅館の姿を作り上げていった。
私は最後の日、玄関先で女将に言った。
「この旅館なら、もう大丈夫です」
彼女は少し照れたように笑った。その笑顔を見て、私はこの町に潜む本当の魅力は、景色ではなく、挫けてもなお立ち上がる人々の強さなのだと感じた。
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夏の朝、畑と田畑が広がる村で、私は秤を手に小屋の前に立っていた。昨日漁った野菜を計り、研いだ包丁でピーマンやナスを切り分ける作業だ。生地のように新鮮な野菜に触れながら、ため息をひとつつく。
近所の青年が浅ましい笑みを浮かべながら、私の作業を妬ましそうに眺めていた。「浅はかだな」と心で呟きつつ、彼が妬む気持ちも理解できなくはない。称賛を受けることもあるし、匿名でほめられることもある。
その日、海原に面した小道を歩いていると、急に誰かに尾行されているような気配がした。とっさに身を低くして退くと、もろに視線を遮る木陰があった。怯える気持ちが積もるが、迅速に身をかわすことで事なきを得る。
家に戻ると、干した野菜が風に揺れている。ふと、積もった悩ましい思いを顧みる。失敗や紛失した記録、省みるべき点は多く、怠れば下落や損ねることもある。
村の祭りでは、名札に本名を書き、匿名で参加できる遊びもあった。子供たちは浮かれて振り回すように遊び、弾む声が響く。私は生地のように慎重に準備を心がけ、思いつきだけで動かないよう自分を戒めた。
夕暮れには、村の丘から仰天するほど雄大な景色が広がる海原が見える。圧迫される日常から少し退き、自然の力に身を委ねる時間だ。名残惜しくも、今日の作業を葬るように片付けを終え、禿げた屋根の小屋を見上げると、疲れでばてた体も少し癒やされる気がした。
浅ましい妬みや紛失など、むやみに気にしても仕方がない。大して重要でないことは脇に置き、心が弾むことを積もらせる。それが、村での暮らしを潤す秘訣だと改めて思った。
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炭火の匂いが伝う古い山小屋で、私たちは冬祭りの準備をしていた。外は凍えるほど寒く、滑走路のように凍った坂道を軽やかに跨ぐ子どもたちの声だけが、妙に健やかに響いていた。
この祭りは、村の畑から港まで跨る大きな行事で、おおむね百年ほど続いているらしい。凡そ三百人が集うと聞いていたが、今年は新しく発足した保存会が運営を任され、私は若手代表として抜擢された。
最初の仕事は、大まかな計画を立てることだった。食材を吟味し、傷む前に密封し、村の人たちに協力を要請する。さらに、町から職人を斡旋してもらい、子どもたちに昔ながらの技能を授ける体験会も開くことになった。
ところが、準備はすぐにややこしくなった。村長は抜本的な改革を唱える一方で、細かい指図ばかりしてきた。そのくせ責任は譲る気がなく、使わなくなった倉庫の譲渡についても返事を猶予した。
私はうんざりしながらも、村長を睨むわけにはいかなかった。彼は目敏い人で、こちらの不満にすぐ気づく。そのため私は、ぎこちない笑顔で「承知しました」と答えるしかなかった。
一方、祭りの名物である「予言の的当て」は大人気だった。的に矢を当てると、巫女役の少女が来年の運勢を予言するという、少し出来心で作ったような催しだ。けれど子どもたちはやたらと景品をねだるし、大人たちは的の周りに群がるしで、会場はすぐ混乱した。
そのとき、弟が突然、屋台の中へ突っ込むように走ってきた。私ははっとして彼を止めたが、弟は封筒を握りしめていた。それには古い消印が押されていて、差出人の名前に心当たりがあった。
「兄ちゃん、これ、倉庫の奥にあった」
その封筒には、昔この村を救った職人の手紙が入っていた。物心ついたころから祖母に聞かされていた人物で、彼は村人に炭火焼きの技を授け、祭りの形を作った人だった。手紙には、祭りを守るためには、誰か一人が利益を溜め込むのではなく、皆で役割を譲り合え、と書かれていた。
それを読んだ私は、切ない気持ちになった。今の祭りは称えるべき伝統のはずなのに、いつの間にか面子や利権の媒介になっていたのだ。こんな状態で祭りを続けるのは、あまりにもみっともない。
私は村長に、倉庫の譲渡をこれ以上拒むなら、祭りの準備そのものが阻まれると伝えた。そして、村人たちにも「今年こそ変わるべきだ」と促した。村長はしばらく黙っていたが、最後には責任を若手に譲ることを認めた。
もちろん、失敗した者には軽いお仕置きもあった。屋台で食材を溜め込みすぎた料理係は、余った野菜を全部配る係にされた。出来心で景品を隠した子どもは、的当ての矢を拾う係になった。でも、誰も本気で怒ってはいなかった。
夕方、祭りは無事に始まった。炭火の上で肉が焼ける音、坂道を滑走するそりの音、子どもたちの笑い声が、冷たい空気を伝って広場に広がる。私はようやく、今年の祭りがゴールインしたのだと感じた。
村長も、最後には私たちの働きを称えた。私は少し照れながらも、心の中で思った。伝統を守るとは、ただ昔の形を唱えることではない。古いものを吟味し、必要なものを授け合い、時には抜本的に変える勇気を持つことなのだ、と。
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朝方、つまり明け方に近い時間、私は夜更かしの挙句、机の上でぐずぐずしていた。窓の外には雨雲が広がり、小雨が降り続いている。遠くの山には暗雲がかかり、その上を浮雲がゆっくり流れていた。
私は古い村の事件について、調査記録を書いていた。事件の経緯をくまなく調べ、暦に残された日付、村人の証言、古い手紙の注釈まで逐一確認する必要があった。だが、資料はくしゃくしゃで、金具は錆び、引き出しの片端には金槌で壊されたような跡まであった。
程なくして、私はある事実に気づいた。村で摘発された不正は、単なる錯誤ではなかった。誰かが証拠を隠し、真相を暴く者を仲間はずれにしていたのだ。
その人物は、村の有力者だった。彼はいつも威張る態度を取り、反対する者には威嚇するような目を向けた。そのせいで村人同士の関係はぎくしゃくし、話し合いは拗れ、事態はさらに捩れるばかりだった。
私は報告書に、村の様子を丁寧に描写した。ただ大まかに書くのではなく、点描のように細かい場面を積み重ねた。たとえば、会釈だけして逃げる老人、仏のように穏やかな顔で黙る職人、イビキをかきながら会議で居眠りする役人。それらは一見滑稽だったが、背景には歴然とした不信感があった。
調査はしばらく足踏み状態だった。証拠は漠然としていて、解釈も人によって違った。さらに、村の制度は画一的で、個別の事情を重んじる余地がなかった。実直な若者ほど傷つき、背伸びしてでも正義を貫こうとする者ほど、向かい風にさらされた。
それでも、ある日、追い風が吹いた。古い倉庫から雨具に包まれた書類が見つかったのだ。そこには、不正な金の流れを示す記録がさっぱりと整理されていた。私はそれを足がかりにして、事件の全体像をさっくりまとめることができた。
だが、真相を暴こうとした瞬間、緊張で胸が収縮するような感覚に襲われた。まるで発作のように息が苦しくなり、持続していた集中力も切れかけた。それでも私は、自分の仕事を誇る気持ちを支えに、最後まで調査を続けた。
村人たちは最初、雨雲の下で暗い顔をしていた。しかし、真実が明らかになるにつれ、ぎくしゃくしていた空気は少しずつほぐれていった。若者たちは祭りに興じる余裕を取り戻し、老人たちは昔からの誼を重んじるようになった。
私は最後にこう書いた。
「この事件は、滑稽な茶番のように見えて、実は村の歪みを映す鏡だった。画一的な規則だけでは、人の心の捩れや関係の拗れを解けない。だからこそ、歴然とした事実を逐一見つめ、漠然とした不安を丁寧に解釈し直す必要がある」
書き終えたころには、小雨は止んでいた。明け方の空にはまだ浮雲が残っていたが、暗雲は消え、朝日がさっぱりとした光を村に投げかけていた。
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浜辺には大小さまざまな貝殻が散らばっていた。波が打ち寄せるたびに、砂浜の色彩が変わり、白や茶色、時には五色に輝く彩色の貝殻が光を反射した。その中には黄金のように光る貝もあり、古くから縁起が良いとされていた。しかし、遠くの砂丘には風で舞い上がった黄塵が舞い、空気は少し霞んでいた。朝日が昇ると、卵の黄身のような鮮やかな光が海面を染め、浜辺に活気が戻る。
今日の貝拾いは、誰が一番たくさん集められるかを競う勝負だった。力自慢の太郎は他の子どもたちよりも明らかに勝るが、集中力を高めるために時間を充てる必要があった。浜辺は公に開かれており、観光客も多かったため、突然の土砂降りには誰も備えていなかった。雨が降ると、水溜まりがあちこちにでき、転ばないように注意しながら貝を拾った。
父親は子どもたちに、「無理をして怪我をするな」と戒めるように言ったが、太郎は小石で足を痛めることになった。もし怪我が悪化すれば、これは一大事だ。しかし、作業は意外にも捗る。
一方で、町では弾圧的な政策が進められ、情報の隠蔽や掩蔽が日常茶飯事だった。「人の話を一概に信じるな」と老人は語り、浜辺で拾った貝を縁起物として神社に供える風習を守っていた。
競争は激しく、子どもたちは勝利を目指して躍起になった。太郎は手に入れた貝を死守し、もし失えば自分の不注意だと自業自得と悟った。その途中、友達に少しお金を借りてしまった借金のことも思い出し、父親に怒鳴り散らす夢まで見た。
太郎は率先して重い貝を運び、出所の分からない大きな貝を見つけたときには驚いた。しかし、数を数えるとどうしても辻褄が合わない。恥ずかしさから思わず俯くと、心の中にまだ闘志が残っていることに気づく。
友達の勇ましい声や威勢のある笑い声が聞こえ、浜辺は少し威勢づいていた。神社での祭りのように厳粛な雰囲気の中、太郎は少し居眠りしてしまい、浜辺での転寝も経験した。結局、拾った貝の一部を市場で売り渡すことで小遣いを手に入れ、楽しい一日を終えたのだった。
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山奥へ続く道は思った以上に険しい。崖の下には、雨で削られた地面が陥没し、黒い水が溜まっていた。その光景はどこか悍ましいものがあり、私は思わず目を背ける。しかし、村の古老は静かに言った。
「現実から目を背けても、災いを免れることはできん。昔から、自然に背くような開発をすれば、必ずどこかに歪みを来たすものだ」
その村は、かつて鉱山で栄えた場所だった。だが、今は人の行き来も少なく、中心部には古い建物が連なるだけで、商店街の活気も失われていた。若者は都会へ出ていき、残った人々は各々の家で細々と暮らしている。村長は村おこしを企てるが、資金も人手も足りず、計画は何度も滞る。
そんな村に、ある日、一人の研究者がやって来た。彼は環境工学において卓越した知識を持ち、過去の地質調査記録や災害報告をすべてデータベースに紐付ける作業を始めた。村に残された資料には、土砂災害の危険性を示す根拠がいくつも書き記すように残されていた。
「これは単なる山崩れではありません。長年の水分と有害物質の蓄積が原因です。この土には鉄分や硫黄分を含有する層があり、地盤の弱化に繋がる可能性があります」
彼の説明を聞いて、村人たちは大なり小なり不安を覚えた。災害は遅かれ早かれ起こるかもしれない。被害の程度は違っても、村の誰もが多かれ少なかれ影響を受けることになる。
村ではすぐに対策会議が開かれた。保存食や水の備蓄を増やし、避難路を整備するため、住民たちは一丸となった。古い公民館は窮屈だったが、皆が集まり、地図を広げて危険区域を確認した。誰かが小声で「こんな村、もう掃き溜めみたいなものだ」と呟くと、白い白髪(しらが)の混じった老人が厳しい顔で言った。
「そんなことを言うな。ここはわしらの故郷だ。半ば諦めていた時期もあるが、まだ守れるものはある」
その老人は、かつて村の学校で教師をしていた人だった。今ではすっかり白髪(はくはつ)の老紳士となり、杖をつきながらも、住民一人ひとりに目配りし、困っている人には細やかな気配りを忘れなかった。
一方、村長のやり方には問題もあった。彼は村の復興を急ぐあまり、周囲の意見を聞かず、独り善がりな判断を下すことが多かった。都合の悪い資料から目を逸らすようにして、危険性を軽く見せようとしたのだ。研究者はそれを見逃さなかった。
「危険を小さく見せるのは、住民の判断を妨げることになります。安全対策費を削れば、一時的に予算は賄うことができるかもしれません。しかし、それでは本当の解決にはなりません」
村長は苦い顔をした。復興予算は限られており、物資の価格も災害後の需要増で割り増しになっていた。しかも、村の人口は減り、働き手も痩せるように少なくなっている。計画はまるで綱渡りのようだった。
その夜、強い雨が降った。村人たちは避難所に集まり、誰もが眠れずにいた。子どもが泣き出すと、母親が優しく宥める。老人は窓の水滴を布で拭くと、暗い山の影をじっと見つめた。研究者は眼鏡の曇りを拭うと、村長に静かに尋ねた。
「本当に大切なのは、体裁ですか。それとも人命ですか」
村長は答えられなかった。彼は外を窺うように見た。雨の向こうに、山肌が崩れる音がした。次の瞬間、村人たちは、土砂が古い道路を飲み込む光景を目の当たりにした。それは村にとって未曾有の危機だった。
翌朝、雨は上がった。被害は大きかったが、事前に避難していたため、死者は出なかった。人々は泥だらけの地べたに座り込み、疲れ切った顔をしていた。それでも、誰かが「助かったな」と言うと、皆は小さく頷いた。
村長は住民の前に立ち、深く辞儀をした。
「私は間違っていた。都合の悪い事実から目を背け、皆さんの不安を軽く見ていた」
その言葉に因むように、後に村ではこの日を「再生の日」と呼ぶようになった。災害の憂い(うれい)を忘れず、同時に、自然の美しさを憂い(うい)ものとして大切にする日である。
それから村では、防災教育が流行るようになった。子どもたちは山の形を紙で模る授業を受け、危険な場所を地図に記した。昔の記録の出所は必ず確認され、情報の正確さが定かでないものは、そのまま信じないよう教えられた。
研究者が村を去る日、彼は駅へ向かった。去り際、老人が声をかけた。
「あなたのおかげで、村は救われました」
研究者は少し照れたように笑い、首を振った。
「私一人の力ではありません。皆さんが一丸となったからです」
列車が動き出すと、村人たちは手を振った。かつては災害の不安に沈んでいた村にも、今では人々が集まり、語り合い、そして静かに憩う場所が生まれていた。
険しい山道も、悍ましい記憶も、完全に消えることはない。だが、それらから目を逸らさず、記録し、学び、次へ繋げることこそが、この村の新しい力になったのだった。
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雨の日の朝、駅前の小さな食堂は、いつもより静かだった。店主の健太は、開店前にメニューをさっくり見直し、今日の仕込みを始めた。昨日の売上を要約すると、昼は好調だったが、夜は客足がちっとも伸びなかった。原因は、おそらく近くの道路工事で人の流れが変わり、常連客とのすれ違いが増えたことだった。
健太はカレンダーを見て、新メニュー発表の日取りを決めようとしていた。ところが、外は突然の大雨で、買い出しから戻ったアルバイトの真司は頭から足までびしょ濡れになっていた。
「すみません、途中で傘が壊れました」
真司はそう言って、床に落ちた水を慌てて拭いた。健太は魚の水切りをしながら、苦笑いした。
「まあ、今日は仕方ない。着替えてこい」
この店の料理は、決して豪華ではない。むしろ店構えは粗末で、椅子も古い。しかし、出汁は透き通るほど丁寧に取られており、味はすこぶる評判がよかった。特に、ワサビを少し添えた鯛茶漬けは、常連客にとって飛び切りの一品だった。
ただし、店の経営は楽ではなかった。以前、健太の父が店を改装するために借りた資金の返済が、今も重くのしかかる。材料費も上がり、少しでも無駄遣いすれば、すぐに経営が苦しくなる。健太は毎日、仕入れ、人件費、売上を見ながら店を切り盛りしていた。
そんな中、真司は最近よく仕事をサボるようになった。本人は「体調が悪い」と言うが、健太から見れば、理由がまともではない日も多い。注意すると真司は店の奥に閉じこもる。以前は威勢がいい若者だったのに、今は何かを溜め込むように黙り込むことが増えた。
ある日、健太は真司を呼び出した。
「お前、何か悩んでるのか」
真司はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言った。
「実は、父の借金を少し手伝っていて……バイト代だけじゃ足りなくて、どうしたらいいか分からないんです」
健太はその言葉を正面から受け止めることにした。説教でお茶を濁すのではなく、きちんと向き合う必要があると思ったのだ。
「逃げても状況は変わらない。まずは現実と向き合うことだ」
真司は俯いた。健太は続けた。
「俺も父の借金を返している。だから気持ちは分かる。ただ、なりふり構わず働けばいいってものでもない。体を壊したら、元も子もない」
真司は、進学するか、働き続けるかでどっちつかずの状態だった。将来の見通す力もまだ足りず、目の前の不安ばかりに心が偏る。健太は、自分も若いころは同じだったと思った。
「そのうち何とかなる、って考えは危ないぞ。問題を断ち切るには、まず仕組みを理解しろ。借金がどう成り立つのか、利息がどう増えるのか、返済計画をどう立てるのか。そこを知らないと、いつまでも苦しい」
健太は紙に簡単な仕組みを書いた。収入、支出、返済額、生活費。真司にも分かるように、難しい説明は割愛し、必要な部分だけを話した。
「言わば、店の経営も家計も同じだ。入る金より出る金が多ければ、必ず苦しくなる」
その説明には、健太自身の経験が裏付ける重みがあった。真司は少しずつ顔を上げた。
「店長、俺、どうすればいいですか」
「まず、毎月の支出を引き締める。それから、いちいち小さな出費を責める必要はないが、無駄遣いは減らせ。あとは、家族だけで抱え込むな。相談できる場所に行け」
真司は小さく頷いた。
数日後、店には町内会の人たちが集まった。近くの祭りで、この食堂を一日だけ会場として借り切ることになったのだ。健太は「そんな大仕事は大変だ」と思ったが、地域に店を知ってもらう機会でもある。敢えて引き受けることにした。
祭りの日、店は朝から大忙しだった。和食、洋食、甘味と、いろいろなジャンルの料理を少しずつ出す。真司も率先して動き、注文が重なっても慌てず対応した。客たちは限定メニューを取り合うように注文し、店内は活気に満ちた。
「この鯛茶漬け、まんざらでもないな」
近所の老人がそう言うと、健太は笑った。素直な褒め言葉ではないが、悪い気はしない。
その日、真司は地元で有名な料理人にも会った。料理人は健太の父の昔の知り合いで、真司に言った。
「若いうちは、上手い人のところで胸を借りるつもりで学べ。失敗してもいい。ただし、逃げるな」
真司は深く頭を下げた。
祭りの終わり、健太は店の前で夜風に当たった。雨上がりの空気は澄み、街灯の光が水たまりに映っていた。その景色に、健太は思わずうっとりした。忙しい一日だったが、心には少しゆとりが戻っていた。
父が残した店は、健太にとって掛け替えのない場所だった。借金もあり、苦労もある。それでも、この店には人と人をつなぐ力がある。今日の祭りで、それを改めて感じた。
後日、町内会から連絡が来た。祭りの評判がよく、来年も店を使いたいとのことだった。健太は電話を切ると、真司に言った。
「最後はきちんと締めくくるぞ。今日の売上、反省点、来年への改善案をまとめよう」
真司は笑って答えた。
「はい。今度はサボらず、さっくりじゃなくて、しっかりやります」
健太は笑った。
「まあ、力を入れすぎるな。さっぱりした気持ちで続けることも大事だ」
その言葉に、真司も少し笑った。二人の間にあったすれ違いは、完全ではないにせよ、少なからず解け始めていた。
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昨日、会社でかつてないほど大きな発表会を受け持つことになった。
私は本来、人前で話すのが苦手で、少し物おじするタイプだ。けれど、先輩が急に体調を崩したため、私が代わりに出るのも余儀ない状況だった。
発表までの道のりは、思ったよりずっときついものだった。資料作成だけでも時間が足りず、生活費から交通費まで捻出しなければならないほど、今月は金詰まりだった。昼食を抜く日もあり、夕方になると本当にひもじい気分になった。
それでも、同僚たちはいろいろな心遣いを見せてくれた。おにぎりをくれたり、資料の誤字を直してくれたりするその思いやりに、私は少し救われた。
発表会の前日、会場の機材を手入れしていたら、古い延長コードから火花が出て、危うく感電しそうになった。これは大変だと騒いだら、ただの接触不良だった。結果的に、私は少し人騒がせなことをしてしまった。
しかし、これをきっかけに総務部が手回しよく新しい機材を用意してくれた。昔ながらの手回し発電機まで予備として置かれていて、少し笑ってしまった。
当日、会場にはにわかに強い雨が降り出し、湿気で髪も資料もうっとうしい状態になった。私は緊張して、最初の挨拶で口ごもり、さらにスライドの順番まで間違えてしまった。完全にしくじるところだった。
思いきや、観客は意外にも温かく見守ってくれていた。私は深呼吸し、身振り手振りを交えながら説明を続けた。
途中で、上司から「少し説明がくどい。しかも資料の味付けがこってりしすぎている」と言われた。つまり、文章が長すぎて、情報量も多すぎるという意味だった。発表後には、先輩からもこってり絞られた。
ただ、数字の分析部分については「まさしくこの観点が必要だった」と褒められ、そこには確かな手応えがあった。特に、コスト削減の説明は取り分け評価が高かったし、ケーキを切り分けるように、資料も項目ごとに取り分けて説明したのがよかったらしい。
会場には、行きずりの来客も何人か入ってきた。たまたま通りかかっただけの人たちだったが、発表が面白かったのか、最後まで聞いてくれた。
私は最初、彼らに笑われているのかと思ってハラハラしたが、実は内容に引かれる、つまり興味を持ってくれていたようだ。もちろん、給料から税金が引かれる話をした時だけは、みんな少ししょんぼりしていた。さらに、もし車に引かれる事故の例まで出したら、それはもってのほかだと注意された。
昼休みには、会社の近くをぶらぶら歩いた。道端の看板が風でぶらぶら揺れていて、朝から働き詰めの私は少しうとうとしていた。そんな時、カフェで飛び切りおいしいコーヒーを飲んだら、頭が急に冴えるようになった。外の空気も雨上がりで妙に冴える感じがした。
午後の質疑応答では、質問がひっきりなしに飛んできた。私はテキパキと資料を開き、できるだけハキハキ答えた。
ある質問者は、わざと相手の弱点を突くようなあざとい聞き方をしてきたが、私はうかつな返事をしないよう注意した。まして、まだ確認していない数字を断言することなどできない。そんなことをすれば、信頼を失うだけだ。
発表の最後、私は少し舞い上がる気持ちになった。成功したと思っていたら、上司から「自信を持つのはいいが、行き過ぎた表現は避けなさい」と言われた。たしかに、「業界一」と言い切ったのは少し行き過ぎだったかもしれない。
帰り道、駅を行き過ぎてしまい、慌てて戻った。発表のことで頭がいっぱいだったのだ。
その日の社内チャットは、私の発表の話で持ちきりだった。
「説明が堅苦しいところもあったけど、最後の笑顔には愛嬌があった」
「最初は貧弱な資料に見えたけど、内容は意外と濃かった」
「失敗した時の顔が少しみじめだったけど、立て直し方はよかった」
など、いろいろ言われた。
正直、最初の失敗は無残だったし、準備期間もかなりしんどいものだった。
けれど、結果はことのほかよかった。
途中で逃げ出すくらいなら、いっそのこと全部やり切ろうと思ったのが正解だったのかもしれない。
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明かりがふんわり灯る喫茶店で、上品な店主にチヤホヤされるのがいやに気恥ずかしくて、私はボソボソと注文を伝えた。すべすべの木製カウンターに手を置くと、指先をくすぐるような滑らかさが心地よく、つくづくこの店に愛着が湧くのを感じる。けれど、最近は店の経営が落ち目で、客足はポツポツ。新しい企画の立ち上げに向けて、もっぱら私は入念に計画を組み立てる係を引き受けることになった。
「月並みなアイデアじゃ一向に伸び悩む状況は変わらないね」と店主。私は「一段と差をつけるなら、まず格差のある客層を取り扱う方法を見直しましょう」と応じる。難航する会議の切れ間には、やんわりと非難が飛ぶ。「だらしない準備じゃ、足踏みするだけだ」と腰抜け気味に逃げ腰になるスタッフもいる。彼らは責任を受け止めるより、仕事を押し付ける/押し付けられることに不満を言い、あべこべな言い訳を並べる。中には作り話めいた報告を取り立てる者までいたので、私はその場で話を引き止めて、念頭に置くべき原則をすんなりと示した。
まず、配付するチラシは上品な紙質で、ふんわり香りがしんなりと染み込むタイプにする。手軽な予算でこまめに地域へ配付し、明かりのともる夕方を狙う。びっしり文字を詰めるのではなく、やんわりと要点を受け入れやすい配置にして、読み手の心をくすぐるコピーを添える。おっかないほど強い言葉で煽るのは避ける。念頭には「受け入れる・受け止める・引きずる」三つの動線を置く。つまり、店の雰囲気を受け入れてもらい、記憶に受け止めてもらい、帰宅後も余韻を引きずるようにするのだ。
次に、イベントの振り出しに戻って立ち上げ直す。日程が難航しているなら、一度切り上げる勇気を持ち、振り替えの案をすんなり決める。立ち上がる意欲が弱体化しているメンバーには、チヤホヤではなく、やんわり励ましを与える。一方、月並みに見える定番企画も、あべこべに構成を組み立てると新鮮に映る。例えば、すべすべの木工ワークショップでは、素材説明をびっしり詰めず、ふんわり始めてしんなり深め、最後にすんなり実演へ入る。参加者の肩の力をくすぐるように抜き、いやに緊張しない導入が鍵だ。
会議はポツポツと進み、一向にまとまらない気配もあったが、私はこまめに論点を取り扱い、やんわり非難を受け止めつつ、入念に案を組み立てる。途中、だらしない資料を押し付けられたときは、切り上げて振り出しからやり直しを提案し、弱体化した士気を立ち上がる合図で支えた。逃げ腰の彼らが腰抜けにならぬよう、上品に、しかしおっかないほど厳しい期限だけは明確に配付する。すると、一段と全員の動きがすんなり揃い、足踏み状態が徐々に解消されていった。
夜、店の明かりはふんわりと街角を照らし、すべすべの看板に貼られた新チラシがしんなり馴染む。びっしり詰め込まない余白が、読む人の心をくすぐる。いやに月並みな店だと作り話で非難していた常連も、やんわりと受け入れ直し、愛着を取り戻す。私たちはこの成果を念頭に、次の企画を立ち上げるべく、もっぱら入念な準備をこまめに続けた。こうして、落ち目だった喫茶店は、格差のあった客層にもすんなり受け入れられる場へと立ち上がり、引きずる余韻を残す上品な場所に生まれ変わった。
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今日は新製品発表会の準備で大忙しだった。チームの足並みがそろわず、最初は不安だったが、リーダーの指示でようやく一安心できた。ふと振り向くと、後輩が緊張した面持ちで立っていた。私たちは会場に直接出向くため、事前に下見に行くことにした。現場では責任者も立ち会う厳しいチェックがあり、急なトラブルに立ち向かう必要が生じた。こういう時は仕事と私生活の両立が難しいが、待望の新製品を成功させるため、チーム内の反発を乗り越えなければならない。誰も人任せにせず、自ら問題を切り取る覚悟で挑み、どうしても市場シェアを勝ち取ると誓った。
打ち合わせの終わりに、部長が「では、この話はここで引き取ります」と締めくくった。その後は発表のリハーサルである。私はいたく緊張したが、いくぶん先輩の助言で冷静さを取り戻した。なにぶん初めての大役だから、失敗は絶対に食い止めるつもりだった。本番が近づくと、奇妙な高揚感で心が舞い上がるほどだったが、発表が終わると会場から大きな拍手が沸き上がり、不安はひとりでに消えていった。
準備段階では場当たりな対応が目立ち、そうしたありふれるミスを避けたくても、社内のしきたりに従って作業を細かく区切るしかなかった。うまくいかない原因は明白で、スケジュールはかろうじて間に合う状態。そこで、必要な資料を急いで取り合わせ、チーム一丸でプロジェクトに取り組むことにした。しかし、本音と建前は裏腹で、計画は中腹でつまずいた。各メンバーに役割を割り当て、経費を銀行口座に振り込む間、同僚が話に割り込む。「よくもそんな無責任なことを!」と言いたかったが、彼はびくともしなかった。さも当然という表情で交互に意見を述べ合う中、会議室を見渡すと、全員が疲れている。私は反論のタイミングを見計らうが、新人の資料が他社の丸写しで、準備不足を丸出しにしているのに気づいた。こんな儚いやり方では、途方もない困難を突破できない。
翌日の最終下見で、会場スタッフは「何なりとお申し付けください」と言ってくれた。ひょっとして機材トラブルでもあればと、段取りを何度も確認し、掃除のちり取りまで持ち込んだ。作業員の足取りは軽く、打ち合わせはダラダラと続いたが、スーツがダブダブの新人も断固としてやり抜く意志を示す。私たちはせっせと準備を進め、ミスはさっさと修正した。開場と同時に来場者がどっと押し寄せ、発表会は成功に終わった。
町のしきたりでは、祭りの準備は毎年、開催の三日前に始める。ところが今年は人手が足りず、去年のような人任せでは、準備がダラダラ長引くだけだと分かっていた。新しいやり方には反発もあったが、実行委員たちは足並みをそろえ、まず段取りを決めた。会場を区切る人、花の色を取り合わせる人、ポスターの写真を切り取る人、資材を割り当てる人、会費を振り込む人……役割は細かく分かれた。私は安全確認に立ち会う係として、まず下見のため山の中腹にある広場へ出向くことになった。坂を上る足取りは重かったが、見渡すと、同じような屋台がありふれていて、広場はすでににぎわっていた。それでも夕方になると、空はいくぶん赤く染まり、木陰には儚い涼しさが残った。なにぶん初めての大仕事で、ばあたり的に動いていてはだめだと係長が言うと、若いメンバーの中には「こんな作業は途方もない」と弱音を吐く者もいた。しかし彼は困難に立ち向かう気持ちで準備に取り組み、仕事と学業の両立まで目指していたので、皆はその努力にいたく感心した。
翌日、待望の本番前リハーサルが始まった。私は古いチラシから写真を切り取ると、別の紙と取り合わせる作業をせっせと続けた。すると照明係が、配線の不具合をひとりでに直ると思いこんでいたことが分かり、慌てて事故を食い止めることになった。雲行きもひとりでに変わり、雨はかろうじて落ち着いたが、もし降っていたら会場はダブダブのカバーで覆うしかなかっただろう。ひょっとして本番は無理かと思った瞬間、遠くで雷が鳴ったが、状況は彼の不安とは裏腹に静まり、準備は続行できた。そこへ遅れて来た先輩が振り向くなり、私たちの作業を見て舞い上がるような笑顔を見せた。やがて観客の歓声が沸き上がり、拍手はどっと広がった。ところが、列に割り込む人が出て、別の係が「よくもそんなことを」と声を上げたが、その相手はびくともせず、さも当然のような顔で説明を始めた。私は「何なりと相談には乗るが、勝手な丸写しや、横柄さ丸出しの態度はやめてくれ」と言い、断固として受け入れなかった。会議は交互に発言しながら進み、皆はさっさと片づけ、私はちり取りでごみを集めた。すると新人が「タイミングを見計らえば、答えは明白ですよね」と尋ね、先輩は「その通り、明白だよ」と答えた。最後に、協賛金を勝ち取るために奔走した代表が、迷い犬を引き取る手続きも済ませ、会場を見渡すと、去年の不手際とは裏腹に見事な完成度だった。誰もが「これで一安心だ」と胸をなで下ろし、長い一日が終わった。